<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?><rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"><channel><title>ハピネットファントム・スタジオ on アアダコウダ</title><link>https://hugo.4dpkt.com/tags/%E3%83%8F%E3%83%94%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AA/</link><description>Recent content in ハピネットファントム・スタジオ on アアダコウダ</description><generator>Hugo</generator><language>ja</language><lastBuildDate>Sun, 23 Feb 2025 12:00:12 +0000</lastBuildDate><atom:link href="https://hugo.4dpkt.com/tags/%E3%83%8F%E3%83%94%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AA/feed.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title>『あのこは貴族』岨手由貴子</title><link>https://hugo.4dpkt.com/ano-ko-wa-kizoku/</link><pubDate>Sun, 23 Feb 2025 12:00:12 +0000</pubDate><guid isPermaLink="false">https://aada-kouda.com/?p=37</guid><description>&lt;p&gt;ビルがひしめく東京の夜、タクシーが走る。その後部座席に座る華子。向かうのはホテルで催される家族の新年会。母親から華子への話題は結婚の催促や次のお見合いの話ばかり。27歳の華子の未来に結婚以外の選択肢は無いし、本人もそう信じている。伴侶探しに奔走する華子は、良家の子息である青木幸一郎とお見合いし、この人ならと高揚する。二人の会話に上る映画『オズの魔法使い』は、少女ドロシーが魔法の国を冒険し、最後にはカンザスの家へ帰る物語だ。どこかにあるはずの結婚や幸せを探しさまよう華子の姿は、まるで魔法の国をさまようドロシーのようである。蛇足だが、華子の最初期のお見合い相手、急にスマホで写真を撮り出す男。彼にも幸あれと願わずにはいられない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;青木を介して、華子は美紀と出会う。富山出身の美紀は猛勉強の末、慶應大学に合格するが、実家の経済的な理由から中退し、そのまま東京で働き始める。正月の実家や高校の同窓会からは、地方の閉塞感が漂っている。美紀はその壁を破ろうと、東京で懸命に生きているのだ。東京と地方で環境は違えど、その閉塞感には共通するものがあり、華子はそんな美紀に共鳴していく。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;インドではカースト制度が根強く残っており、カーストを超えた結婚は難しい。お見合い結婚と恋愛結婚では、依然9割がお見合いとか。これはカースト＝階級の純粋性の保持や、階級社会の秩序を守るためという理由があるそうだ。日本では恋愛結婚が主流のように見えるが、カーストほど顕在化していないだけで、階級の存在は確かにある。また、作中度々出るおひなさまは娘の幸せな結婚を祈る行事であるが、親としては暗黙に理想の幸せ＝結婚を定める。誰かに定められ結婚。飾られた雛人形のお内裏様のように、毛布で包まれた華子と幸一郎の二人が印象的だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;冒頭から華子の主な移動手段はタクシーであり、歩く姿はどこであれ誰かのエスコートが付く。しかし東京の街を軽やかに自転車で疾走する美紀との出会いを経て、華子は変化し始める。虚ろな眼差しだが、しかししっかりと自分の意思で足でひとりで街を歩き始める。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>『敵』吉田大八</title><link>https://hugo.4dpkt.com/teki/</link><pubDate>Sat, 18 Jan 2025 12:00:13 +0000</pubDate><guid isPermaLink="false">https://aada-kouda.com/?p=16</guid><description>&lt;p&gt;一軒の日本家屋──そんな静かなショットから始まる。家主・渡辺儀助は、元大学教授の一人暮らし。朝起きて顔を洗い、身支度を整え、米を研ぎ、魚を焼き、ひとり黙々と食事を済ませる。食器を洗い、コーヒー豆を挽き、買い物へ。衣・食・住に至るまで、70歳を超えたとは思えない“キチンとした”暮らしぶりだ。几帳面なのか、丁寧なのか。その所作からは、かつてフランス文学を愛した教養人らしい清々しささえ漂う。淡々とした日常の奥には、不穏な気配が潜む。口座残高は減る一方で、「終わり」は確実に近づいているのだ。時折垣間見せる亡き妻への慕情には、しみじみとした哀愁がにじむ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんな折、儀助のMacに届く“迷惑メール”の中に、“敵”の存在がほの見え始める──。やがて、現実と虚構（あるいは夢）の区別が曖昧になり、亡き妻までが姿を現し、儀助と会話する始末。混濁した精神のまま、庭で原節子風の女性教え子に詰問されるシーンは圧巻。長塚京三の声でか細くも「申し訳ない」と呟かせる演出が、本作でもっとも心揺さぶられたハイライトだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後半から終盤にかけて、ついに“敵”が姿を現す。モノクロ映像から、色彩豊かな画面への転換、ロックオンショット、スローモーションによる銃撃描写──前半で効いていた抑制が一気に解き放たれる。老いという敵との闘いとも見えるが、一方で儀助の生活や葛藤は、この家屋が記憶する風景の再演であり、その霧のような中で繰り返される四季のループにも見えた。&lt;/p&gt;</description></item></channel></rss>