ChatGPT Image 2026年1月8日 22_58_29

『機動戦士ガンダム』から『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』富野由悠季

はじめに GQuuuuuuX(ジークアクス)の評判を聞き、一部見直しも含めて鑑賞した。動画配信サービスの恩恵もあり最初のガンダムいわゆるファーストから、ファースト映画3部作、Z、ZZ、逆襲のシャアまで。1979年から1988年まで約10年間の作品群だ。学生時分にはZZの序盤で挫折し、途中までしか履修できなかった。そんな必修単位を何十年か越しに取れた気分だ。だが、改めてガンダムシリーズがここまで脈々と続いている事実にまず驚く。ガンダムという単語は、一作品を示す言葉からひとつの様式、ジャンルに昇華している。 ミノフスキー粒子 もうひとつ今回改めて噛み締めたのはガンダムのSFとしての設定、ミノフスキー粒子だ。何を今更感もあるが、宇宙空間で発見されたミノフスキー粒子は通信電波を妨害する。結果、誘導ミサイルの類は正確に目標物を狙えず無効化された。そのため、宇宙空間を含む戦争は直接的な白兵戦が中心となった。ただ、宇宙服を着た人間同士ではなく、人間が操縦するパワードスーツ同士の戦いがメインであり、モビルスーツ同士が戦う世界観が成立する。これは、スポンサーであるおもちゃメーカーから売れる商品となるデザインを求められた結果でもあるらしい。 以下、おおまかに作品別の感想。 ファースト ガンダムシステムとでも言えるような基本の形式を開発した。戦争や人間関係の喪失を通して葛藤し成長する少年〜青年像、少年や大人を含む群像劇、戦争や政治における(正義と悪ではない)正義と別の正義の戦い、戦争の虚しさ、宇宙に進出する人類の進化。複数のテーマが重奏するが、地球連邦からの独立を図るジオン公国の面々がキャラクターとして魅力的にすぎる。また、富野節ともいうべき台詞回しも冴え渡っており、おっさんネットミームの宝庫だ。映画3部作の微妙な変化も楽しい。 Zガンダム ファーストに比べてより男女の関係性に焦点があたりより悲劇的だ。シャアやシロッコ、ヤザン、ジェリドなど、なんだか女性をダメにするホストクラブのよう。より大人向けの物語なのかと思えば、強化人間というモビルスーツの戦闘力は高いが情緒に問題があるキャラクターも登場し、心の置きどころに悩む。だが歴史の繰り返し感、ファーストとの自己相似的な構成は感慨深い。 ZZガンダム Zの反動が強すぎたせいなのか、全体的に明るいもとい軽い、そしてなんだか子供同士のやりとりがうるさい。反戦でも男女でもなく、妹を思う兄の話のようで、毎回読み切りのような散逸的なテーマに感じられ腰が座らない。ハマーンが出てくると少し引き締まる。オープニング映像にしか出てこないシャアというのも肩透かしである。 逆襲のシャア 富野のフラストレーション?が爆発したような快作否怪作である。ファーストやZを経たアムロとシャアの相剋の末だが、ララァに母を見たというシャアは結局気持ち悪いなと思いました。 さて、これ以降のガンダムシリーズ鑑賞を継続するか、悩ましいところではあるが、ジークアクスへの道のりはなかなか遠い。 感想はぜひ Xのツイートへの返信 でお聞かせください。 更新情報をXで発信中。 フォローしていただければ励みになります。

2025年9月22日 · APE

『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』黒川智之

物語は、ある日突如として異星から巨大な宇宙船が地球の空に現れるところから始まる。だが、その宇宙船との接触や交信は一切ない。ただそこに「あるだけ」の存在は、最初こそ異様だったものの、次第に人々に受け入れられ、やがては日常の一部となる。この“非日常が日常となった世界”で生きる少年少女たちの生活は、その平凡さゆえにかえって普遍性を帯び、観る者の共感を誘う。 (以下、ネタバレを含みます) 序盤、少女たちが語る作中漫画「イソベやん」が『ドラえもん』のオマージュであることに思わず心を掴まれる。秘密道具を「便利道具」と呼び変える点など、ドラえもんファンとしては微笑ましく感じる。だが、タケコプターやかくれマント、そして「もしもボックス」のような装置が登場するにつれ、物語は藤子・F・不二雄の「SF(すこし・ふしぎ)」の範疇を越え、だいぶ不思議で不穏な展開へと進んでいく。 門出(かどで)と凰蘭(おうらん)という印象的な名前を持つ二人の少女は、過酷な運命を背負って生きる。凰蘭は親友の門出を救いたい一心で、「もしもボックス」のような機械を使い、世界線を飛び越え、運命の修正を試みる。その結果、門出の運命は変わるものの、代償として異星人が地球を襲撃するという新たな惨劇が発生する。少女たちの強い友情が、地球全体を危機に晒す。言い換えれば、「たとえ世界中を敵に回しても、あなたの味方でいてくれる存在」が描かれているのだ。そうした無条件の肯定と承認が、誰にとっても当たり前に存在するべきだという願いが、物語の根底にあるように感じた。 このように複雑な構造のストーリーを、時系列を巧みに行き来しながらも理解しやすくまとめあげている点は見事である。また、鬼太郎やのび太、ガンダム、AKIRA、エヴァンゲリオンなど、さまざまな作品へのオマージュやパロディが随所に散りばめられており、自分が子供の頃から触れてきたサブカルチャー史を振り返るような、郷愁にも似た感情が湧いた。 ただし、目玉のおやじのような異星人たちが地球に移民してくる際の、大量虐殺を思わせる描写には強い違和感を覚えた。彼らは人間の子どもほどの小さな体格であり、視覚的には「子どもたちのジェノサイド」のようにも映ってしまう。もちろん、残酷な表現そのものが悪いわけではない。しかし、物語の中で暴力や残虐性に明確な意味や必然性が欠けていると、それらの描写は単なるショック効果を狙った“見世物”に堕してしまう危険がある。その結果、作品全体の印象を損ねてしまい、非常にもったいなく感じられた。

2025年2月28日 · APE